「今の仕事を変えたい」と思ったとき、多くの人が最初に思い浮かべるのは転職です。
転職サイトに登録し、求人を眺め、職務経歴書を書き始める。その流れ自体は間違っていません。
ただ、変えたいのが「会社」ではなく「仕事の中身」だった場合、選択肢はもう一つあります。それが社内公募です。
社内の別部署が出しているポストに、自分の意思で応募する。選考を通れば異動が成立する。会社を辞めずに、担当する仕事だけを変える方法です。
この制度、静かに広がっています。そして同時に、制度があること自体が社員にあまり知られていない、という状態も各社で起きています。
この記事では、公開されている調査と企業事例をもとに、社内公募が実際にどう運用され、手を挙げた人に何が起きているのかを整理します。転職と比べてどちらが良いという話ではなく、条件の違う二つの選択肢として並べて見ていきます。
社内公募は、たしかに増えています
まず、広がっているという実感が数字で裏づけられるかを見ておきます。
労働政策研究・研修機構が2007年に公表した調査では、社内公募制度の導入率は34.7%でした。その後、リクルートマネジメントソリューションズが2022年に行った調査では42.2%となっています。
この2つの数字を紹介したリクルートワークス研究所の千野翔平氏は、社内公募制度を導入する企業は増加傾向にあると評価しています。
調査の主体も対象も異なるため、単純に「7.5ポイント増えた」と読むことはできません。ただ、複数の調査でおおむね3割から4割の企業に制度があると確認されている点は共通しています。従業員300人以上の企業に勤める個人への調査でも、導入率は約38%でした。
社内公募は、一部の先進企業だけの珍しい仕組みではなくなりました。
似た制度と混同されやすいので、ここで整理しておきます。
社内公募制度(導入率42.2%):部署がポストの要件を明示して募集し、社員が応募する。主導するのは各部門
FA制度(同11.8%):社員が自分の経験やできる仕事を発信し、興味を持った部署が声をかける。主導するのは社員本人
自己申告制度(同67.5%):仕事やキャリアの希望を人事が集め、配置転換の参考にする。主導するのは人事部門
自己申告制度が最も普及していますが、これは希望を伝えるだけの仕組みで、応募して選考を受けるものではありません。自分から動いてポストを取りに行けるのは社内公募とFA制度で、そのうち圧倒的に数が多いのが社内公募です。
社内で仕事を変える手段として現実的に使えるのは、多くの場合、社内公募だということになります。
なぜ会社は、社員に手を挙げさせるようになったのか
制度が広がっている理由も知っておくと、社内公募の見え方が変わります。
これまでの日本企業では、どの部署でどの仕事をするかは会社が決めるのが一般的でした。辞令が出て、異動する。本人の希望は自己申告制度などで参考にはされますが、決定権は会社にあります。
その前提が揺らいだ背景として、リクルートワークス研究所は二つの変化を挙げています。専門性を重視する中途採用が広がったこと。そして成果主義のもとで、これまで以上に成果を出すことを求められるようになったことです。
成果は求められるのに、仕事の内容も配属先も自分では決められない。この不均衡が社員のモチベーションを下げている、という認識が企業側に生まれました。
社内公募は、社員のためだけに作られた福利厚生ではありません。人が動かない組織では事業のスピードが落ちる、という会社側の切実な事情から広がってきた制度です。
だからこそ、応募する側にとっては使いやすい面があります。会社は手を挙げてほしいと思っている。遠慮して応募しないことが、会社にとって望ましいわけではないということです。
ただし、この認識が全社に行き渡っているかは別問題です。同じ調査で、社内公募を「役に立っている制度」と評価した割合は約32%にとどまっていました。制度の存在と、それが機能しているという実感の間には、まだ距離があります。
「制度がある」と「今すぐ応募できる」は別です
ここからが実際の使い勝手の話です。
制度があっても、思い立ったときに応募できるとは限りません。募集のタイミングが企業によって大きく違うためです。
リクルートワークス研究所が2022年に行った調査では、社内公募の応募時期は次のように分かれています。
年1回:31.5%
不定期:25.5%
年2回:17.1%
通年:12.5%
いつでも応募できる企業は、1割強にとどまります。最も多いのは年に1回だけの募集です。
これは、辞めたい気持ちが高まったタイミングと、社内公募の募集時期が噛み合わない可能性が高いことを意味します。今月動きたいと思っても、次の募集が半年先というケースは珍しくありません。
もう一つ、応募するための前提条件もあります。
リクルートワークス研究所が5社の人事担当者に行った聞き取りでは、応募要件は企業ごとにばらついていました。現在の部署に配属されてから1年以上という企業が2社、3年以上という企業が1社、特に条件を設けていない企業が1社です。
配属3年以上という条件がある会社では、異動して2年目の社員はそもそも応募できません。
制度の有無だけでなく、募集時期と応募条件まで含めて確認しないと、使える選択肢かどうかは判断できないということです。
一方で、条件が「今は満たせない」場合に、待つ以外にできることを用意している企業もあります。
同じ調査に登場する企業の一つは、誰でもいつでも学べる学習プラットフォームを整備し、必要な研修を受講するなどの要件を満たせば、一般職から係長級へ、係長級から課長級へと昇格を目指せる仕組みにしています。それ以前は、研修への投資が経営幹部候補に偏り、部署の状況によって受けやすさに差が出ていたという課題があったそうです。
つまり、今すぐ応募できないとしても、次の募集までの期間は準備期間として使えます。求められる要件が公開されている会社であれば、何を身につければ届くのかも見えます。
社内公募を「募集が出てから考えるもの」ではなく、「出たときに応募できる状態を作っておくもの」と捉えると、待ち時間の意味が変わります。
手を挙げた人に、実際に何が起きているのか
では、応募した人はどうなっているのでしょうか。
千野氏が紹介している電機メーカーの事例が具体的です。従業員約3万5,000人のこの企業では、2020年に制度を大きく作り変えました。常時1,000ほどのポストを公開し、社員はいつでも応募できるようにしています。
制度を変える前、手を挙げる社員は年間およそ500人でした。それが2023年度には応募者が約2万人まで増えています。
制度を使う人が少なかったのは、社員の意欲が低かったからではなく、開いているポストが少なかったからでした。
ただし、応募者約2万人に対して、マッチングが成立したのは約7,500人です。手を挙げた人の3分の1強という計算になります。
別の企業では、手を挙げた人のおよそ半分が成立しているという事例も紹介されています。
数字は企業によってかなり違いますが、共通しているのは、応募すれば通るものではないという点です。書類選考と面接があり、募集部署が選考します。社内であっても、選ばれる側に立つことに変わりはありません。
一度の応募で決まる前提ではなく、通らないこともある選考として臨む必要があります。
応募したことは、社内のどこまで伝わるのか
手を挙げる前に、多くの人が気にするのはここだと思います。応募したことが上司や人事に知られると気まずい、という懸念です。
これは、実際に制度を設計する側でも論点になっています。リクルートワークス研究所は、人事が選考に介入すると、手を挙げた本人の異動意欲が人事部に伝わることを恐れて応募意欲が下がる懸念がある一方、社員の成長やキャリアの観点から支援できるというプラス面もある、と整理しています。
そして運用は、企業によってはっきり分かれています。
同研究所が調べた5社のうち、選考に人事部門が関与していないのは2社でした。この2社では、募集した部署のマネジャーが面接から採否の判断までを行います。
残る3社では人事部門が関わっています。関わり方も一様ではありません。ある企業は、選考の前に人事が応募資格の有無を確認し、面接にも同席しています。健康面やキャリアの連続性といった、募集部署だけでは見きれない観点を見るためです。別の企業は、異動後の育成プランづくりに人事が加わっています。
同研究所の別の整理では、社内公募による異動の比率が高い企業ほど現場主導になり、比率が低い企業では人事の介入と現場主導が併存する傾向も示されています。
つまり、応募した情報が誰の目に触れるかは、制度設計そのものによって違います。
ここで一つ、はっきりさせておきたいことがあります。公開されている資料からは、直属の上司に応募が通知されるかどうかまでは読み取れません。この点は会社の規程を確認する以外にありません。
裏を返せば、確認は難しくないということでもあります。社内公募の要項には、選考プロセスと関与者が書かれているのが一般的です。手を挙げる前に要項を読み、不明なら人事に問い合わせる。この一手間で、想定していない形で話が広がる不安の大半は解消できます。
なお、人事の関与は必ずしも不利に働くものではありません。ある企業では、不合格になった応募者に対して、なぜ通らなかったのか、どうすればよくなるのかを募集部署から伝え、その文面を人事が確認する運用がとられていました。関与する企業ほど、選考後のフィードバックを丁寧に設計している傾向も見られます。
通ったあとにも、転職と同じギャップは起きます
社内公募のもう一つの実態は、異動が実現したあとにあります。
同じ会社の中の移動なので、環境が大きく変わることはないだろう。そう考えるのは自然ですが、データが示しているのは別の姿です。
リクルートワークス研究所の調査では、部をまたいだ異動のうち、異動の前後で職務内容が「まったく異なる」と答えた割合は、社内公募による異動で57.6%でした。会社主導の異動より10ポイント以上高い数字です。
社内公募は、会社が決める異動よりも大きく仕事が変わる仕組みだということです。ここが利点でもあり、同時に負担にもなります。
千野氏が社内公募で異動した社員を対象に行った分析では、異動先で不満を抱える理由がいくつかのまとまりに分かれることが示されています。
自分の得意な仕事が見つからない。上司が何を期待しているのか分からない。手本になる先輩がいない。組織再編が頻繁で、自分のキャリアを見通せない。求められるスキルがはっきりしない。
転職して新しい会社に入った人が語る戸惑いと、ほとんど同じ内容です。
社内公募は、社風や制度が変わらないぶん確かに負担は軽くなります。しかし、仕事の中身と人間関係が変わる以上、慣れるまでの時間は必要になります。
辞めずに済むことと、すんなり馴染めることは別の話です。
千野氏は、希望が叶った人であっても、その後に転職を考えるようになる場合があることを指摘しています。社内公募は転職の完全な代替ではない、ということです。
社内公募は「安全な転職」ではなく、条件の違う選択肢です
ここまでを踏まえると、社内公募の位置づけが見えてきます。
有利な点はあります。給与体系や勤続年数が維持され、社内の人間関係や仕事の進め方に関する知識も引き継げます。退職金や有給休暇の扱いも変わりません。会社そのものに不満がなく、担当業務だけを変えたいのであれば、転職より負担の少ない方法です。
一方で、限界もはっきりしています。
給与水準の大幅な改善、評価制度そのものへの不満、社風との相性。これらは部署を変えても解決しにくい問題です。会社という枠組みの中の異動だからです。
さらに、制度がどれだけ本気で運用されているかも企業によって差があります。先ほどの5社の調査では、応募も成立も低調な企業が1社ありました。その企業の人事責任者は、社内公募制度にはキャリア意識の高い一部の社員に対する「ガス抜き」としての意味合いもある、と語っています。
制度が形として存在することと、実際に異動が動いていることは、必ずしも一致しません。
リクルートワークス研究所は、社内公募の運用を、年間の異動者に占める社内公募経由の割合で三つのパターンに分けています。5%未満の消極的な群、5%以上30%未満の探索的な群、30%を超える積極的な群です。
そして、消極的な群から積極的な群に移るにしたがって、応募のタイミングが通年に近づき、選考結果のフィードバックも詳しくなる傾向が示されています。
これは、自社の制度がどのタイプかを見分ける手がかりになります。
募集が年1回だけで、選考結果の説明もほとんどない
募集が通年で行われ、落ちた場合も理由が伝えられる
前者に近いほど、制度が本格的には動いていない可能性があります。後者に近いほど、会社が異動を積極的に回そうとしていると考えられます。
判断材料としては、自社の社内公募で年間どれくらいの異動が成立しているかを確認できると、いちばんはっきりします。社内報や人事の説明会で公表している企業もあります。
社内に出るときも、社外に出るときも、入口は同じです
社内公募について調べていて、印象的だった運用があります。
従業員約2万人のある企業では、社内公募を利用するために、まず社員一人ひとりが職務経歴書を作成して社内のプラットフォームに登録する必要があります。登録して初めて、公開されているポストを見ることができます。
通年で約500のポジションが公開され、登録された職務経歴書の内容とポストの要件をAIが照合して推薦する仕組みも組み込まれています。人事担当者は、登録した社員に対して職務経歴書の更新を促していると語っています。
別の企業では、課長以上の約1,200のポストについて、求められる役割と人材要件を定義した文書を全社員に公開しています。どのポストにどんな経験が必要かを、社員が事前に知ることができる状態です。
ここから分かるのは、社内で仕事を変える場合も、求められる準備は転職とほとんど変わらないということです。
自分がこれまで何をやってきたか。どんな成果を出したか。それを、社内の別部署の人が読んで判断できる言葉で書く。社内公募の入口にあるのは、まさにこの作業です。
そして同じ書類は、社外に出るときにもそのまま使えます。
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社内公募に出すか、転職活動を始めるか。今の段階で決めきれていなくても構いません。むしろ、書類を先に作っておくと、どちらの選択肢も同時に検討できる状態になります。
自分の経歴を並べてみて初めて、動くべきかどうかが判断できるということも、少なくありません。
手を挙げる前に確認しておきたいこと
最後に、実際に社内公募を検討する場合の確認事項を整理します。
自社に社内公募制度があるか。名称は会社ごとに異なるため、社内規程や人事のページを「公募」「ポスティング」などの言葉で探す
募集の時期はいつか。通年なのか、年1回なのか。年1回なら次の募集はいつか
応募できる条件は何か。現部署への配属からの経過年数や、必要な研修の修了が条件になっている場合がある
選考に誰が関わるか。人事部門が関与するのか、募集部署だけで完結するのか
実際に何人が異動しているか。制度が動いているかどうかの目安になる
そのうえで、募集されているポストの要件を読み、自分の経歴と照らし合わせる。ここまでやって初めて、社内公募が自分にとって現実的な選択肢かどうかが分かります。
なお、社内に希望する仕事がない、あるいは会社そのものを変えたいという結論になった場合も、その判断は無駄になりません。社内を一度きちんと見たうえで外を選ぶのと、見ないまま外に出るのとでは、次の会社を選ぶときの基準の精度が変わります。
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まとめ
社内公募は、複数の調査でおおむね3割から4割の企業に導入されており、増加傾向にあると評価されています。会社を辞めずに仕事の中身を変えられる、現実的な選択肢の一つです。
ただし、いつでも応募できる企業は1割強で、多くは年1回の募集です。応募条件があり、選考もあります。手を挙げた人全員が通るわけではありません。
異動が実現したあとも、上司の期待が分からない、必要なスキルがはっきりしないといった戸惑いは起こります。社内公募による異動は会社主導の異動より仕事の変化が大きく、転職と同じ種類のギャップが生まれます。
それでも、給与体系や勤続年数を維持したまま担当業務を変えられる点は、転職にはない利点です。会社に不満があるのか、仕事の中身に不満があるのか。この切り分けができれば、どちらを選ぶべきかは見えやすくなります。
そして社内公募も転職も、入口で求められるものは同じです。自分の経験を、他の人が読んで判断できる言葉にすること。まずそこから始めるのが、遠回りに見えていちばん確実です。
よくある質問
Q. 社内公募に応募したことは上司に伝わりますか?
企業によって運用が異なります。募集部署のマネジャーだけで選考が完結する企業もあれば、人事部門が選考前の資格確認や面接同席という形で関与する企業もあります。直属の上司への通知の有無は社内規程によるため、応募前に要項を確認するか、人事に問い合わせるのが確実です。
Q. 社内公募に落ちたら、今の部署に居づらくなりませんか?
選考結果の伝え方は企業ごとに設計が異なり、不合格の理由を必ずフィードバックする運用をとる企業もあります。応募の情報が周囲にどう共有されるかは制度設計次第なので、気になる場合は要項の選考プロセスの記載を先に確認してください。
Q. 社内公募と転職、どちらを先に検討すべきですか?
不満の原因がどこにあるかで変わります。仕事の中身だけを変えたいなら社内公募が負担の少ない方法です。給与水準や評価制度、社風そのものが理由であれば、部署を変えても解決しにくいため転職の検討が現実的です。
Q. 社内公募の応募でも職務経歴書は必要ですか?
必要とする企業があります。社内のプラットフォームに職務経歴書を登録しないと募集ポストを閲覧できない運用をとっている企業も確認されています。社内であっても、経験を文章で示すことが求められる点は転職と同じです。
Q. 社内公募に応募できる時期はいつですか?
企業により異なります。調査では年1回が31.5%と最も多く、通年で応募できる企業は12.5%でした。年1回の場合は募集時期を逃すと1年待つことになるため、社内の告知を早めに確認しておくことをおすすめします。
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出典
日本における社内公募制度の現状と課題(労働政策研究・研修機構『日本労働研究雑誌』No.774・2025年1月/千野翔平)
企業事例に基づく社内公募制度の類型化(リクルートワークス研究所 Works Discussion Paper No.76・2025年1月/企業5社の人事責任者・人事担当者への聞き取り)
個人選択型異動の現在地(リクルートワークス研究所・2023年3月/「異動に関する個人意識調査」2022年・従業員300人以上の企業に勤める個人)
