会社を辞めたい気持ちは固まっている。けれど、上司の顔を思い浮かべると、どうしても言い出せない。引き止められたらどうしよう、怒られたらどうしよう。そんなときに、スマートフォンで「退職代行」と検索したことがある人もいるかもしれません。
退職代行は、ここ数年で一気に知られるようになりました。一方で2026年に入ってからは、事業者の撤退や、大手業者の運営会社の前社長に有罪判決が出たことが報じられ、「退職代行バブルの終わり」とも言われ始めています。
この記事では、退職代行とはそもそも何なのか、ここ1年で何が起きたのかを整理したうえで、退職代行を使わずに自分で辞めるための方法と、それでもどうしても難しいときの考え方をまとめます。
退職代行とは何か
退職代行は、本人に代わって会社に退職の意思を伝えるサービスです。依頼すると、業者が会社に連絡を入れ、本人は会社と直接やり取りをせずに退職の手続きを進められます。
ひと口に退職代行といっても、運営しているのは大きく分けて3種類あり、できることが違います。
運営元によって、できることが違う
民間企業が運営するもの:本人の退職の意思を会社に伝える「伝言役」まで。退職日や未払いの残業代などについて会社と交渉することはできません
労働組合が運営するもの:労働組合として会社と団体交渉ができるとされ、退職日や有給休暇の消化などについて話し合うことができます
弁護士が運営するもの:本人の代理人として、交渉から未払い賃金の請求まで、法律上の手続きを含めて対応できます
民間企業が会社と交渉すると、弁護士資格のない者が報酬を得て法律事務を行う「非弁行為」にあたるおそれがあります。民間の業者が「伝えるだけ」にとどまるのは、このためです。
料金の目安
帝国データバンクが主要な退職代行事業者を調べた調査(2025年10月)では、全国に少なくとも52の事業者があり、民間経営が約6割、弁護士法人が3割強でした。各社の最低料金の平均は2万9,410円で、弁護士法人は約4万4,700円、民間経営は約2万2,500円と、平均で約2倍の差があります。
同じ調査では、事業者の75.0%が設立10年以内でした。退職代行は、まだ新しい業界だということがわかります。
誰が、なぜ退職代行を使っているのか
退職代行を使う人は、どのくらいいるのでしょうか。
パーソル総合研究所の調査(2025年8〜9月実施)では、5年以内に正社員の仕事を辞めた人のうち、退職代行を使った人は5.1%、約20人に1人でした。利用者の53.8%が20〜30代で、前の会社に在籍していた期間が1年未満の人は約4割と、一般の離職者の約2倍にのぼります。
使った理由で最も多かったのは「すぐにでも退職したかったから」で約4割、次いで「上司への恐怖心があった」でした。利用者の約7割が直属の上司との関係に不満を持っており、直属の上司からハラスメントを受けたと答えた人も約4割いました。
興味深いのは、利用者には一般の離職者よりもチームワークを大切にし、辞めることに「申し訳なさ」を感じやすい人が多かったという点です。退職代行を使う人は、無責任な人というより、責任感が強いからこそ自分では言い出せなかった人なのかもしれません。
なお、この調査の退職代行利用者は52人と少ないため、数字は傾向として見ておくのがよさそうです。
退職代行を使う人の多くは、上司との関係に追い詰められ、自分では言い出せなくなった人です。
ブームから淘汰へ、この1年で何が起きたのか
退職代行が広く知られるようになる一方で、ここ1年ほどで業界には大きな変化が起きています。
新規参入が相次ぎ、価格競争に
参入しやすい事業だったこともあり、退職代行には次々と新しい業者が加わりました。東京商工リサーチによると、2026年5月時点で、法律事務所を除いて退職代行を事業目的に掲げる企業は56社あり、すべてが設立10年未満で、設立年は2025年が32社で最も多くなっています。業者が増えたことで、価格競争も激しくなりました。
大手業者の運営会社で、前社長らに有罪判決
大手の退職代行サービス「モームリ」の運営会社は、2025年10月に警視庁の家宅捜索を受け、2026年2月には前社長らが逮捕されました。
2026年8月28日、東京地方裁判所は、前社長に懲役2年・執行猶予3年、運営会社に罰金200万円の判決を言い渡しました。弁護士資格がないのに、退職を希望する利用者を報酬を得て弁護士に紹介していたとして、弁護士法違反などに問われたものです。紹介した人数は、約1年8か月で174人にのぼると認定されています。
この事件をきっかけに、退職代行の「どこまでが許されるのか」というグレーゾーンに、改めて目が向けられるようになりました。
主要事業者の2割超に、サービス停止の可能性
帝国データバンクが2026年9月に公表した調査では、2025年10月時点で営業していた主要な52事業者のうち、14事業者(26.9%)について、通常の方法でサービスの継続を確認できなくなっていました。2026年3月には、破産した業者も出ています。
同じ調査は、退職代行の利用そのものは若い世代を中心に定着しつつあるとしたうえで、「退職を伝えるだけ」のサービスでは差別化が難しくなり、内容や信頼性によって事業者の二極化が進むと見ています。
つまり、いま起きているのは「使う人が減った」というより、「業者がふるいにかけられている」という変化です。
退職代行の業界は、ブームの時期を過ぎ、業者が選別される段階に入っています。
退職代行の、そもそもの問題点
退職代行には、業界の変化とは別に、もともと抱えていた問題点もあります。
民間業者は「伝えるだけ」しかできない
民間業者にできるのは、退職の意思を伝えるところまでです。退職日の調整や、未払いの残業代、有給休暇の消化などで会社ともめた場合、民間業者は交渉に入れません。結局、自分で会社とやり取りをするか、あらためて弁護士などに相談することになります。
東京商工リサーチの調査(2026年3〜4月)では、弁護士や労働組合以外の業者から連絡を受けた場合、「非弁行為が含まれる可能性があるため取り合わない」と答えた企業が30.4%ありました。業者に頼んだのに、会社が応じてくれないということも起こり得ます。
業者が途中で連絡がつかなくなるリスク
先に見たとおり、主要な業者でもサービスを停止する例が出ています。料金を前払いしたのに手続きが終わらない、業者と連絡が取れなくなる、といった事態にならないとも限りません。業者を選ぶ時点で、運営元や実績を確かめる必要があります。
次の転職で、影響が出ることもある
同じ東京商工リサーチの調査では、応募者が前の会社を退職代行で辞めていたと分かった場合、「採用に慎重になる」と答えた企業が49.3%、「採用しない」が26.0%で、合わせて75.3%にのぼりました。「影響しない」は23.7%です。
利用歴が必ず知られるわけではありません。ただ、業界によっては人のつながりが狭く、思わぬ形で伝わることもあります。最近は前の職場の上司などに話を聞くリファレンスチェックを行う企業もあり、辞め方が後から見られる可能性はゼロではありません。
本来は、自分で伝えればお金はかからない
退職代行には、数万円の費用がかかります。一方、退職の意思を自分で伝えるのに費用はかかりません。
もちろん、退職代行を使って問題なく辞められた人もいます。パーソル総合研究所の調査では、利用後のトラブルは「なかった」が約5割で最も多くなっています。それでも、上に挙げたリスクを考えると、まずは自分で辞める方法を優先したほうが安心です。
退職代行は、使えばすべてが解決するサービスではありません。
退職代行を使わずに辞めるために
「自分で言い出せないから退職代行を考えている」という人に知ってほしいのは、退職は思っているより自分で進めやすいということです。
退職は、原則として2週間で成立する
正社員のように雇用期間の定めがない場合、民法では、退職の申し入れをした日から2週間がたてば雇用契約は終了すると定められています。会社の就業規則で「1か月前までに申し出ること」などと決まっていることもあるので、まずは就業規則を確かめ、できるだけそれに沿って伝えるのが円満に辞めるための基本です。
上司に「辞めさせない」と言われることがあっても、原則として、会社の同意がなくても退職は成立すると解されています。辞めること自体は、本人が決めてよいことです。
なお、契約社員など雇用期間の定めがある場合は、原則として期間の途中で辞めるには「やむを得ない事由」が必要とされるなど、扱いが異なります。不安がある場合は、次に紹介する相談先で確かめると安心です。
伝え方を工夫する
退職を切り出すのがいちばん怖い、という人は多いはずです。伝え方にはいくつかの選択肢があります。
直属の上司に伝えるのが難しければ、人事部やその上の上司に伝える
対面で切り出せないときは、まずメールや書面で退職の意思を伝え、その後に面談の場を設けてもらう
伝えた日時と内容を、メールなど記録に残る形で残しておく
「話し合い」ではなく「報告」として、退職したい日と意思だけを短く伝える
理由を細かく説明する必要はありません。「一身上の都合により」で十分です。引き止められても、気持ちが変わらないなら、同じ言葉を落ち着いて繰り返せば十分です。
一人で抱えず、相談できる場所を使う
会社とのやり取りに不安があるときは、外部の相談先を使うこともできます。各都道府県の労働局や労働基準監督署には「総合労働相談コーナー」があり、退職やハラスメントを含む職場のトラブルについて、無料で相談できます。
残業代の未払いや、ハラスメントへの対応など、会社と交渉が必要な問題を抱えている場合は、弁護士に相談するのも一つの方法です。
辞めることは、本人が決めてよいことです。伝え方と相談先を知っておくだけで、自分で辞められる可能性は大きく広がります。
それでも、どうしても自分で伝えられないとき
ここまで、できれば退職代行を使わずに辞める方法を見てきました。ただ、上司からハラスメントを受けている、心身の調子を崩していて会社と連絡を取ること自体がつらい、という状況もあります。そうしたときに、無理をして自分で伝える必要はありません。
退職代行は、どうしても自分では難しいときの手段の一つです。使う場合は、次の点を確かめてから選ぶと、トラブルを減らせます。
運営元が民間企業、労働組合、弁護士のどれかを確かめる
退職日の調整や未払い賃金など、交渉が必要になりそうなら、労働組合か弁護士が運営するところを選ぶ
料金に何が含まれているか、追加料金や返金の条件はどうなっているかを確かめる
会社から貸与された物の返却や、離職票などの書類の受け取り方まで説明があるかを確かめる
退職代行を使ったことは、恥ずかしいことではありません。大切なのは、追い詰められた状況から離れ、次の一歩に向けて自分を立て直すことです。
次の職場では、「どう辞めたか」より「次に何をしたいか」を
どんな辞め方をしたとしても、次の転職活動で大切なのは、これから何をしたいのかを自分の言葉で話せることです。
辞め方に引け目を感じていると、面接ではつい前の会社の話が長くなったり、言い訳のようになったりしがちです。けれど、採用する側が知りたいのは、過去の退職の経緯そのものより、この人が自社で何をしたいのか、長く働いてくれそうかという点です。
前の会社を辞めた理由は、感情を交えずに短く伝えるだけで十分です。そのうえで話の重心を「次に何をしたいか」に移せるよう、応募する会社ごとに志望動機を固めておきましょう。
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まとめ
退職代行は、ここ数年で広く知られるようになりましたが、いまは業者がふるいにかけられる段階に入っています。退職そのものは、退職代行を使わなくても自分で進めることができます。
この記事のポイントを振り返ります。
退職代行は、運営元(民間企業・労働組合・弁護士)によってできることが違う
利用者の多くは、上司との関係に追い詰められ、自分では言い出せなかった人
大手業者の運営会社で有罪判決が出て、主要事業者の2割超にサービス停止の可能性がある
民間業者は交渉ができず、企業の75.3%が利用歴が分かった場合に採用に慎重になる、または採用しないと答えている
正社員なら、退職は原則として申し入れから2週間で成立し、伝え方や相談先を工夫すれば自分で辞められる
どうしても難しいときは、手段の一つとして、運営元と料金の中身を確かめて選ぶ
辞めたい気持ちが固まっているなら、まずは就業規則で退職の申し出の期限を確かめ、伝える相手と方法を決めるところから始めてみてください。それだけでも、言い出すまでの不安はかなり小さくなるはずです。
よくある質問
Q. 退職代行を使ったことは、転職先にばれますか?
退職代行の利用歴が、自動的に転職先に伝わる仕組みはありません。ただ、業界内のつながりや、前の職場に話を聞くリファレンスチェックなどを通じて知られる可能性はゼロではありません。利用歴が分かった場合に採用に慎重になる、または採用しないと答えた企業は75.3%あるため、できれば自分で辞める方法を先に考えてみることをおすすめします。
Q. 民間の退職代行と弁護士の退職代行は、何が違いますか?
民間業者にできるのは、退職の意思を会社に伝えるところまでです。弁護士は本人の代理人として、退職日の調整や未払い賃金の請求などの交渉までできます。料金は弁護士のほうが高い傾向がありますが、会社ともめそうな事情がある場合は、交渉ができる弁護士や労働組合が運営するところを選ぶと安心です。
Q. 会社に「辞めさせない」と言われたら、どうすればいいですか?
正社員のように雇用期間の定めがない場合、原則として退職の申し入れから2週間で雇用契約は終了するとされています。退職したい日と意思を、メールなど記録に残る形で伝えておきましょう。それでもこじれる場合は、労働局や労働基準監督署の総合労働相談コーナーに無料で相談できます。
Q. 退職代行を使う前に、相談できるところはありますか?
各都道府県の労働局や労働基準監督署にある総合労働相談コーナーで、退職やハラスメントについて無料で相談できます。未払いの残業代やハラスメントなど、会社と交渉が必要な問題がある場合は、弁護士に相談するのも一つの方法です。
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Journal〈ジャーナル〉:キャリアメディア
出典
主要な退職代行事業者、1年間で2割超が「サービス停止」 新規参入相次ぎ価格競争が激化(株式会社帝国データバンク・2026年9月23日/主要な退職代行事業者52事業者)
主要な退職代行サービス、「弁護士」運営は3割どまり「設立10年以内」が7割超(株式会社帝国データバンク・2025年10月24日/主要な退職代行事業者52法人)
離職の変化と退職代行に関する定量調査(株式会社パーソル総合研究所・2025年12月2日/20〜50代の一般離職者977人・退職代行利用者52人・就業継続者800人)
退職代行に関する企業向けアンケート調査(株式会社東京商工リサーチ・2026年5月6日/企業6,425社)
退職代行「モームリ」前社長に執行猶予付き有罪判決(弁護士ドットコムニュース・2026年8月28日)
「モームリ」前社長らに有罪判決、退職代行サービスは転機に(株式会社東京商工リサーチ・2026年8月28日/退職代行を事業目的に掲げる企業56社)
